カレー考(3)
多くの日本人は、
自分が最初に食べたカレーをはっきり覚えていない。
それでも、
給食のカレーの記憶だけは、
妙に輪郭が残っている。
あの匂い。
あのとろみ。
あの日はだいたい嬉しかった。
日本人とカレーの関係が
「個人の好み」を超えている理由は、
ここにある。
戦後日本と、給食の再開
第二次世界大戦後、
日本は深刻な食糧不足に直面していた。
子どもたちの栄養状態は悪く、
国として最優先すべき課題は
「まず、ちゃんと食べさせること」だった。
その中で再開されたのが、学校給食だ。
給食は、
おいしさを競う場ではない。
- 栄養が取れる
- 大量に作れる
- 安定して提供できる
この条件を満たすことが、すべてだった。
そこで、カレーが選ばれる。
カレーは、給食向きすぎた
冷静に考えると、
カレーは給食のために作られた料理のように見える。
- 大鍋ひとつで調理できる
- 野菜、肉、炭水化物を一皿で出せる
- 味が均一になりやすい
- 多少時間が経っても問題ない
さらに重要なのは、
子どもが残しにくいことだ。
給食において、
残食が少ない料理は正義である。
カレーは、
制度側の要請に完璧に応えた料理だった。
選べない、という強さ
給食の食体験には、
家庭や外食にはない特徴がある。
それは、
選べないということだ。
今日はカレーか、別のものか。
甘口か、辛口か。
具材は何か。
子どもには選択肢がない。
同じ日に、
同じ教室で、
同じものを食べる。
この環境では、
料理は「評価の対象」になりにくい。
好きか嫌いかを考える前に、
まず食べる。
カレーは、
判断される前に、
慣れられていった。
「嫌われない味」への最適化
もちろん、
最初からすべてが完璧だったわけではない。
子どもにとって、
スパイスの刺激は強すぎる。
そこで、
給食のカレーは少しずつ変わっていく。
- 辛さを抑える
- 甘みを足す
- とろみを安定させる
結果として生まれたのが、
「嫌われないカレー」だ。
これは、
強く好かれることよりも、
広く受け入れられることを優先した味だった。
そしてこの設計思想は、
家庭用カレールウの開発とも重なっていく。
親も、同じカレーを食べている
給食のカレーが強い理由は、
もう一つある。
それは、
親もまた、給食でカレーを食べてきた世代だということだ。
親が知っている味。
子どもが給食で食べる味。
家庭で再現される味。
この三つが、
ほとんど同じ方向を向いている。
結果として、
カレーは世代をまたいで
違和感なく引き継がれていく。
「うちの子はカレーが好き」
という感覚は、
実はかなり制度的に作られている。
嫌いになりにくい料理
多くの料理は、
好きか嫌いかが分かれる。
だが、カレーは違う。
強烈に好きな人はいても、
強烈に嫌いな人は少ない。
その理由はシンプルだ。
嫌いになる前に、
もう何度も食べているから。
給食は、
好みを作る前に、
「基準」を作ってしまった。
カレーは、
その基準の中心に置かれた。
国民食は、こうして作られる
ここまでを整理すると、
一つの構図が見えてくる。
- 軍隊で導入され
- 給食で全国に広がり
- 家庭で再生産される
この流れの中で、
カレーは「特別な料理」ではなく、
「前提の料理」になった。
だから、日本人は
「なぜ好きか」を
あまり考えない。
好きかどうかを考える前に、
もう生活の一部だからだ。
ただし、
給食だけでは
「家の味」にはならない。
カレーが
夕食の定番になるには、
もう一つの決定的な発明が必要だった。
次回は、
その話をする。
ルウが、夕食を変えた。
カレーが
本当に「家庭料理」になった瞬間の話だ。


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