カレー考(4)
給食で食べていた、あのカレー。
家に帰れば、また同じものが食べられる。
——そう思っていたわけではない。
実際、長いあいだ
給食のカレーと、家庭のカレーのあいだには距離があった。
カレーは知っている。
でも、簡単に作れる料理ではなかった。
カレーは「粉の料理」だった
戦前から戦後しばらくの間、
家庭で作るカレーは、カレー粉を使うものだった。
- スパイスの配合は自己流
- とろみは小麦粉で調整
- 火加減や順序を間違えると失敗する
今の感覚で言えば、
かなり難易度が高い。
つまり当時のカレーは、
食べたことはあるが、
気軽に作る料理ではない
そんな位置づけだった。
固形ルウという発明
状況を一変させたのが、
固形カレールウの登場だ。
脂と小麦粉とスパイスを、
あらかじめ一体化して固めておく。
使う側は、
- 具材を切って煮る
- 火を止めてルウを入れる
これだけでいい。
計量も、調合も、失敗のリスクも消えた。
この瞬間、
カレーは「腕前の料理」から
「工程の料理」に変わった。
誰が作っても、だいたい同じ味
固形ルウの本質は、
味をおいしくしたことではない。
味を安定させたことだ。
- 初めて作る人でも
- 忙しい日でも
- 少し手を抜いても
大きく外れない。
これは、家庭料理として致命的に強い。
「今日は失敗したらどうしよう」
という不安がない料理は、
平日の夕食に選ばれやすい。
主婦向けに最適化された料理
高度経済成長期、
家庭の夕食には現実的な条件があった。
- 時間をかけすぎない
- 家族全員が食べられる
- 作り置きできる
カレーは、
固形ルウによって
この条件をすべて満たすようになる。
大鍋で作って、
翌日も食べる。
むしろ翌日のほうがおいしい。
これは、
忙しい家庭にとって
これ以上ない都合のよさだった。
辛さを選べる、という革命
もう一つ、
家庭定着に決定的だった変化がある。
辛さを選べるようになったことだ。
甘口・中辛・辛口。
この区分が生まれたことで、
- 子どもと大人が同じ料理を食べられる
- 家族内の衝突が起きにくい
カレーは、
家庭内合意形成コストが低い料理
になった。
「今日は何食べる?」で揉めない理由は、
ここにある。
標準化が生んだ、自由
固形ルウは、
カレーを画一的にした。
だが同時に、
不思議なことも起きる。
- 具材は家ごとに違う
- 水の量も違う
- 隠し味も違う
標準化された“土台”の上で、
自由が生まれた。
結果として、
- どこも似ている
- でも完全に同じではない
「うちのカレー」という概念が生まれる。
夕食の定番になる条件を、すべて満たした
ここまで来ると、
カレーが定番にならない理由はない。
- 失敗しにくい
- 家族全員が食べられる
- 作り置きできる
- 翌日もおいしい
カレーは、
夕食の定番になるための条件を
すべて揃えていた。
給食で慣れ、
ルウで再現でき、
家庭で回り始める。
この段階で、
カレーは完全に
「日本の家庭料理」になった。
それでも、まだ変化は続く
ただし、
この時点のカレーは、
まだ少し“大人寄り”だった。
スパイスは抑えられていたが、
子どもを中心に設計された味ではない。
次に起きるのは、
もっと大胆な変化だ。
甘さを、肯定する革命。
次回は、
カレーが子どもの記憶の中心に
居座ることになる話をする。
「甘口革命と、子どもの記憶」
カレーが「嫌われない料理」になった理由だ。


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