カレー考(3)ハヤシライスとビーフシチューは、別の道を選んだ

カレー考

カレーではない何か(3)

牛肉を使う。
玉ねぎを炒める。
煮込む。
茶色いソースになる。

工程だけを並べると、
ハヤシライスとビーフシチューは、ほとんど同じ料理に見える。

それでも、この二つは明確に別の場所にいる。
同じ棚には並ばない。
同じ場面では出てこない。

その理由は、味ではない。

違うのは、味ではない

コクの深さ。
甘さ。
トマトの有無。

よく挙げられる違いは、このあたりだ。
だが正直に言えば、どれも決定的ではない。

作り方次第で、
ハヤシはシチューに寄るし、
シチューはハヤシに寄る。

調整できる違いは、本質ではない。

分かれたのは、添え方だった

決定的な違いは、ここだ。

ハヤシライスは、ごはんにかけられた。
ビーフシチューは、皿に盛られた。

かけていい料理。
かけてはいけない料理。

この扱いの差が、すべてを分けた。

ごはんにかけるという行為は、
料理を「日常側」に引きずり込む。
形を崩し、境界を曖昧にし、
気軽にする。

ハヤシは、それを受け入れた。

日本の洋食は、運用で決まる

日本で定着した洋食は、
必ずしも「本格的」な料理ではない。

  • 崩していい
  • 混ぜていい
  • 失敗しても成立する

そういう料理だけが、家庭に入った。

ハヤシライスは、
洋食でありながら、
洋食らしさを捨てた。

一方、ビーフシチューは捨てなかった。

皿で出す。
形を保つ。
ごはんと混ざらない。

その結果、
シチューは「外」の料理になった。

選ばれたのは、下り坂だった

ハヤシライスは、
格を上げる道を選ばなかった。

かわりに、
下りていく道を選んだ。

日常に降りる。
家庭に混ざる。
特別にならない。

断定していい。

ハヤシライスとビーフシチューは、
味で分かれたのではない。
どこで食べられるかで分かれた。

ハヤシライスは、
洋食が家庭に入るために、
多くを捨てた料理だった。

次回は、
なぜこの料理が
主役にならなかったのか。
それでも残った理由を考える。

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