カレー考(4)ハヤシライスは、なぜ主役にならなかったのか

カレー考

カレーではない何か(4)

ハヤシライスは、思い出になりにくい。

誕生日に出てきた記憶は、あまりない。
外食で「今日はこれを食べに来た」と言われることも少ない。
話題の新作になることも、ほとんどない。

それなのに、
この料理は消えなかった。

特別な席に呼ばれない

カレーは、イベントになる。
シチューは、ごちそうになる。

どちらも
「今日はこれを食べる日だ」
という理由を持っている。

ハヤシライスには、それがない。

あるのは
「これでいいか」
という判断だけだ。

断定していい。
ハヤシライスは、
主役として呼ばれていなかった。

役割が、最初から違っていた

ハヤシライスは
盛り上げる料理ではない。
語る料理でもない。
評価される料理でもない。

その代わりに、
失敗しにくい。
説明がいらない。
気分を邪魔しない。

場を支える料理だった。

カレーが前に出るとき、
シチューが格式を保つとき、
ハヤシは黙って横にいた。

日常を支配する料理は、目立たない

主役は、
たまにしか登場しない。

日常を回す料理は、
毎日いてもいい料理だ。

ハヤシライスは、
後者だった。

なくても困らないが、
あると安心する。
気づかないうちに、
生活の中に入り込んでいる。

これは弱さではない。

「なれなかった」のではない

重要なのは、ここだ。

ハヤシライスは
主役になれなかったのではない。
主役にならなかった。

誤解されてもいい。
正体がなくてもいい。
別の道を選んでもいい。

その代わり、
日常から降りなかった。

ハヤシライスは、
カレーに間違われ、
答えを持たず、
シチューと分かれ、
主役にならなかった。

それでも残った。

ハヤシライスは、
日本人が
何も考えずに食べ続けるために
必要だった料理だった。

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