家庭料理と外食のあいだ(1)
寿司は、家で握らない。
ラーメンを作ろうとしても、家には寸胴がない。
うなぎやフグは、最初から捌こうとしない。
これは怠慢でも、知識不足でもない。
そういう料理だからだ。
日本の家庭料理と外食料理は、
うまいかどうかで分かれてきたわけじゃない。
作れるか。
作ろうと思えるか。
生活の中に置けるか。
その条件で、自然に線が引かれてきた。
このシリーズでは、
「なぜ日本人はカレーが好きなのか」を、
味や流行からは考えない。
家庭料理と外食の境界から考える。
家庭料理と外食を分けてきた条件
1. 設備が家にあるか
家庭料理かどうかは、
まず道具で決まる。
寸胴がない家では、
ラーメンは作られない。
焼き台がない家では、
うなぎは焼かれない。
寿司桶がなくても寿司は握れるが、
技術と素材管理の壁が残る。
家に置ける道具かどうか。
それが最初の分かれ目になる。
2. 時間を日常に差し込めるか
家庭料理は、
日常の隙間に入る必要がある。
仕事から帰ってきて作れるか。
明日に回せるか。
途中で中断できるか。
半日かかる料理は、
生活から弾かれる。
ラーメンも、うなぎも、
ここで落ちていく。
3. 失敗しても許されるか
家庭料理に求められるのは、
完成度よりも寛容さだ。
多少薄くても、
具が崩れていても、
食べられれば成立する。
寿司やフグは、
失敗が「まずい」では済まない。
ラーメンも、
失敗すればただの残念なスープになる。
失敗が笑い話で済む料理だけが、
家に残る。
4. 匂いと後片付けが許されるか
料理は、
味だけで完結しない。
匂いが残る。
油が飛ぶ。
台所が汚れる。
その負担が、
生活として許容できるかどうか。
カレーの匂いは、
家庭の匂いとして受け入れられた。
豚骨の匂いは、
家から追い出された。
5. 素材を管理できるか
家庭料理は、
スーパーと冷蔵庫で完結する。
鮮度判断が難しい。
下処理を誤ると危険。
扱うのに覚悟がいる。
そういう素材は、
家庭に来ない。
寿司、フグ、うなぎ。
ここで線が引かれた。
6. 作る意味が残るか
最後は、
理屈だけでは決まらない。
外で食べたほうが安い。
外で食べたほうが確実。
それでも、
家で作る意味が残るか。
この条件を、
すべて満たしてしまった料理がある。
それが、カレーだ。
次の話では、
なぜカレーだけが
これほど自然に家庭料理として完成してしまったのかを、
一つずつほどいていく。
※本シリーズは、
家庭調理・外食産業・食品加工に関する一般的な調理環境、
食文化史、食品産業の発展を踏まえた考察です。
具体的な事例・資料については、各回で随時触れていきます。


